夜勤明け、身体は鉛のように重いのに、布団に入っても心臓がドキドキして眠れないことはありませんか?
あるいは、些細な物音が気になったり、常に「何かしなければ」という焦燥感に駆られたりしていないでしょうか。
あなたが感じているその感覚は、単なる「疲れ」ではなく、「過覚醒(ハイパービジランス)」と呼ばれる状態かもしれません。
夜勤という働き方は、私たちの社会を支える不可欠なものですが、生物としての人間には本来備わっていない過酷な環境への適応を強いるものです。
あなたが弱いから眠れないのではありません。あなたの身体が、あなたを守ろうとして「非常事態宣言」を出し続けている結果なのです。
本記事では、なぜ夜勤が過覚醒を引き起こしやすいのか、その医学的なメカニズムを3つの視点から深く掘り下げて解説します。
自分の身体で起きていることを正しく理解することが、この苦しい状態から抜け出すための第一歩です。
1. 体内時計の乱れと自律神経の関係


私たちの身体には、地球の自転に合わせて約24時間周期でリズムを刻む「概日リズム(サーカディアンリズム)」が備わっています。
夜勤はこの強力なシステムに逆らう行為であるため、自律神経系に深刻な混乱をもたらし、それが過覚醒の根本原因となります。
①コルチゾール分泌リズムの逆転現象
本来、私たちの身体は朝に活動のスイッチを入れるため、「コルチゾール」というホルモンを分泌します。これは血圧や血糖値を上げ、身体を戦闘モードにする役割を持ちます。
夜勤中は、本来休息すべき夜間に無理やり活動するため、脳が強力なストレスを感じてコルチゾールを過剰に分泌させます。
通常であれば夜間は低下するはずのコルチゾール値が高い状態が続くと、身体は「今は戦時中である」と勘違いし続けます。
その結果、勤務が終わって帰宅した後も、体内のホルモンレベルは「戦うための準備」を解かず、休息モードへの移行を拒絶してしまうのです。
これが、帰宅後も神経が張り詰めている大きな要因の一つです。
②交感神経が「オフ」にならないメカニズム
自律神経には、活動時に働く「交感神経」と、休息時に働く「副交感神経」があります。
これらはアクセルとブレーキの関係にあり、通常は夜になると副交感神経が優位になり、リラックス状態が作られます。
しかし、夜勤中はずっと照明を浴び、緊張感を持って仕事をするため、交感神経(アクセル)が踏みっぱなしの状態になります。
自律神経の切り替えは、スイッチのように一瞬で行えるものではありません。一度強く踏み込んだアクセルは、足を離してもすぐには減速しない車のように、勤務終了後も高回転を続けます。
そのため、布団に入っても動悸が収まらなかったり、呼吸が浅く早くなったりするのは、身体がいまだに「仕事中」の緊張状態を維持しようとしている証拠なのです。
③深部体温リズムとメラトニンの抑制
人間は、深部体温(体の中心の温度)が下がるタイミングで強い眠気を感じるようにできています。
通常、明け方から朝にかけて体温は最低になりますが、夜勤者はこの時間帯に活動しているため、体温を上げる必要があります。
さらに深刻なのが、睡眠ホルモン「メラトニン」の分泌抑制です。
夜勤中の明るい光(特にLEDなどのブルーライトを含む光)は、脳に「今は昼だ」と誤認させ、メラトニンの生成をストップさせます。
メラトニンには脈拍や体温を下げて自然な眠りを誘う作用がありますが、これが不足することで、身体は強制的に覚醒状態を維持させられます。
この「体温リズムのズレ」と「メラトニン不足」の二重苦が、脳を過度に覚醒させ、休息すべき時間になっても「眠る準備ができていない」という生理的なパニック状態を引き起こすのです。
2. 夜勤による睡眠不足と緊張状態の固定化


「睡眠不足」というと、単に眠る時間が短いことだと思われがちですが、夜勤者における問題はそれだけではありません。
脳の機能、特に感情や危機管理を司る部分に特異的な変化が起き、それが緊張状態を「固定化(デフォルト化)」してしまうのです。
①扁桃体の過剰反応と理性の低下
睡眠不足の状態にある脳では、感情の中枢である「扁桃体(へんとうたい)」が過敏になることが研究で明らかになっています。
扁桃体は、恐怖や不安、怒りなどの情動を生み出す「脳の警報装置」のような場所です。
十分な睡眠がとれていないと、扁桃体の反応性が通常よりも60%以上亢進し、ブレーキ役である「前頭前野」との連携が弱まることが分かっています。
つまり、普段なら気にならないような小さな物音や、他人の何気ない一言、将来への漠然とした不安に対して、脳が「危険だ!」と過剰に反応してしまうのです。
これがハイパービジランス(過覚醒)の正体の一つです。あなたは神経質な性格になったのではありません。睡眠負債によって脳の警報装置が壊れ、常にサイレンが鳴り響いている状態にあるのです。
②REM睡眠不足による情動処理の不全
人間の睡眠には、脳を休めるノンレム睡眠と、記憶や感情の整理を行うレム睡眠(REM睡眠)があります。
特にレム睡眠中は、脳内でノルアドレナリンなどのストレス化学物質が減少し、日中に受けたストレス体験を「過去の記憶」として安全に処理する作業が行われます。
しかし、夜勤明けの昼間の睡眠は、騒音や光の影響で分断されやすく、この重要なレム睡眠が極端に不足しがちです。
レム睡眠が不足すると、嫌な記憶やストレス感情が「生のデータ」のまま脳に残り続けます。あたかも昨日のミスや緊張感が、今まさに起きているかのように生々しく感じられるのはこのためです。
感情のデトックス機能が働かないまま次の勤務に向かうことになるため、緊張と不安が層のように積み重なり、常に張り詰めた状態から抜け出せなくなってしまいます。
③予期不安が生む「待機モード」の罠
夜勤に従事する人の多くが経験するのが、「次の夜勤まであと〇時間しかない」というカウントダウンによる焦りです。これを「予期不安」と呼びます。
脳は、次にやってくるストレス(夜勤)を予測すると、それに備えてあらかじめ覚醒レベルを上げる「待機モード」に入ります。
例えば、夕方から夜勤入りする場合、昼間に仮眠を取ろうとしても、「今寝ておかないと夜がつらい」というプレッシャー自体が交感神経を刺激してしまいます。
この「待機モード」は、PCで言えばスリープではなくスクリーンセーバーのような状態です。
休んでいるようでいて、内部システムはフル稼働で待機しているため、真の休息が得られず、覚醒レベルが高いまま固定化されてしまうのです。
3. 「休んでいるのに回復しない」感覚が起きる仕組み


「休日は家でゴロゴロしていたのに、ちっとも疲れが取れない」。この感覚は、過覚醒状態にある人にとって非常にポピュラーな悩みです。
これは肉体的な疲労ではなく、脳の疲労回復システムそのものがエラーを起こしていることに起因します。
①デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)の暴走
私たちが何もせずぼーっとしている時でも、脳はエネルギーを消費しています。
このアイドリング状態の脳活動回路を「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼びます。
DMNは通常、記憶の整理や自己認識に関わっていますが、脳の全エネルギーの60〜80%をも消費する大食らいです。
過覚醒状態にある脳では、このDMNが過剰に活動し、ネガティブな思考の反芻(ぐるぐる思考)を止めることができなくなります。
身体を横にして休めていても、脳内では「あの時の対応は正しかったか」「明日のシフトは大丈夫か」といった思考が自動再生され続けます。
本来、脳を休めるための休息時間に、DMNが暴走してさらに脳のエネルギーを枯渇させるため、「休んでいるのに疲れる」という矛盾した現象が起こるのです。
②「感覚ゲーティング」機能の破綻
健康な脳には「感覚ゲーティング」と呼ばれるフィルター機能があります。
これは、生活音や衣服の感触など、重要でない外部刺激を無意識のうちに遮断(ゲートを閉じる)し、脳に入力しないようにする機能です。
しかし、夜勤による慢性的な疲労と過覚醒は、このフィルター機能を麻痺させてしまいます。
その結果、時計の秒針の音、カーテンの隙間からの光、冷蔵庫のモーター音など、本来なら無視できるはずのあらゆる刺激が、ダイレクトに脳へ侵入してきます。
情報はただ入ってくるだけで脳の処理リソースを奪います。静かな部屋で休んでいるつもりでも、脳は常に情報の洪水を処理し続けているため、回復するどころか、ますます消耗してしまうのです。
③脳疲労と肉体疲労の解離(乖離)
夜勤明けのハイランナーズハイのような状態を経験したことはないでしょうか?
身体は限界を超えて疲れているのに、頭だけが冴え渡って眠れない状態です。これは「脳疲労」と「肉体疲労」のバランスが崩壊しているサインです。
自律神経のバランスが崩れると、脳は「疲労感」というシグナルを正しく受け取れなくなることがあります(疲労感のマスキング現象)。
生存本能として、過度な危機的状況下では疲れを感じないように麻痺させる機能が働きますが、夜勤による過覚醒はこれと同じ状態を作り出します。
「まだ動ける」「まだやれる」と脳が勘違いをしている間に、身体の細胞レベルでの修復は追いつかなくなり、結果として「いつまで経っても回復しない重だるさ」として慢性化していきます。
これは、強制終了(ダウン)する直前の警告サインでもあるのです。
おわりに
夜勤で生じるハイパービジランスは、睡眠不足や生活リズムの乱れ、職場環境やストレスが複合して起きる現象です。
本稿で示した休息の取り方、光と運動の調整、認知的対処法、職場での配慮は、どれも実践可能な第一歩です。
まずは自分の変化に気づき、小さな対策を一つずつ試してみてください。
改善が見られない場合は遠慮せず専門家や同僚に相談を。夜勤でも心身の安定は取り戻せます。






