夜勤明けの朝、体は鉛のように重いのに、なぜか目が冴えて眠れない……そんな経験はありませんか?
カーテンを閉めても外の車の音が気になったり、自分の心臓の音がうるさく感じたりして、結局一睡もできずに夕方を迎えてしまう。
もしあなたが今、このような「張り詰めた感覚」に悩まされているなら、それは単なる不眠ではなく「ハイパービジランス(過覚醒)」に近い状態かもしれません。
夜勤は、私たちの体が本来持っているリズムに逆らう過酷な働き方です。
この不安やイライラは、あなたの心が弱いからではなく、体が必死に「起きよう」と戦っている証拠なのです。
本記事では、夜勤勤務者が陥りやすい「ハイパービジランス」の正体と、なぜ夜勤がその状態を引き起こすのか、そのメカニズムを専門的な視点から、かつ分かりやすく解説します。
まずは敵を知ることから始めましょう。
1. ハイパービジランス(過覚醒)の意味と特徴


「ハイパービジランス」という言葉を初めて聞く方も多いかもしれません。
日本語では「過覚醒」や「過度な警戒状態」と訳されます。
まずは、この言葉が本来どのような状態を指すのか、その定義と具体的なサインについて深く掘り下げていきましょう。
①常に「戦場」にいるような警戒モード
ハイパービジランスとは、脳と体が「常に脅威を探している状態」のことを指します。
本来、動物は敵から身を守るために、危険を感じると神経を研ぎ澄ませる能力を持っています。
しかし、ハイパービジランスはこのスイッチが「故障」してしまい、安全な場所にいてもスイッチがOFFにならない状態です。
想像してみてください。あなたは今、ジャングルの真ん中で猛獣に狙われているとします。
わずかな草の擦れる音にも耳をそばだて、筋肉はいつでも逃げ出せるように緊張し、心臓はバクバクしているはずです。
ハイパービジランスの状態にある人は、自宅のベッドという安全な場所にいても、脳内ではこの「猛獣に狙われている状態」が続いています。
医学的にはPTSD(心的外傷後ストレス障害)や不安障害の主要な症状として知られていますが、近年では、長期間の過度なストレスや、夜勤のような不規則な生活によっても、これに似た状態が引き起こされることが注目されています。
②心と体に現れる具体的なサイン
自分がこの状態にあるかどうかを知る手がかりは、日常生活の些細な反応に現れます。
単なる「不眠」とは異なり、感覚が過敏になるのが特徴です。
- 聴覚の過敏さ時計の秒針の音、冷蔵庫のモーター音、隣人のドアの開閉音などが、異常に大きく聞こえたり、不快に感じてイライラしたりします。
- 身体的な緊張リラックスしようとしても、肩や顎に力が入っていることに気づきます。歯ぎしりや食いしばりも典型的なサインです。
- 常に周囲をスキャンする外出先で出口を確認したり、人の動きを目で追ってしまったり、背後に人が立つと強い不安を感じたりします。
- 感情の爆発些細なことでカッとなったり、急に涙が出てきたりと、感情のコントロールが難しくなります。
これらはすべて、脳が「危険信号」を出し続けているために起こる反応です。
あなたの性格が変わってしまったわけではありません。
③「ただのストレス」と「過覚醒」の境界線
「仕事が忙しいからストレスが溜まっているだけ」と片付けてしまいがちですが、通常のストレス反応とハイパービジランスには明確な違いがあります。
それは「休息によって回復するかどうか」です。
通常のストレスであれば、好きなことをしたり、ゆっくりお風呂に入ったりすれば、ある程度心は落ち着きます。
しかし、ハイパービジランスの状態では、リラックスしようとすればするほど、逆に「無防備になること」への恐怖が無意識に働き、不安が増すことがあります。
「休みたいのに、休むのが怖い」「眠たいのに、眠るのが怖い」。
このような矛盾した感覚に陥っている場合、それは脳が極度の警戒モードに入り込んでいる可能性が高いのです。
2. 夜勤中に起こりやすい覚醒状態との違い


夜勤をしていると、「夜中に目が冴えてバリバリ仕事ができる」という経験をすると思います。
これは仕事をする上で必要な覚醒ですが、先ほど説明した病的なハイパービジランスとは何が違うのでしょうか。
ここでは、「機能的な覚醒」と「病的な過覚醒」の違いを整理します。
①夜勤を乗り切るための「サーカディアンリズムへの対抗」
私たちの体には「サーカディアンリズム(概日リズム)」という体内時計があり、本来は夜になると眠くなるようにできています。夜勤中、私たちはこの強力な眠気に抗う必要があります。
このとき、体は無理やりアドレナリンやコルチゾールといった興奮系のホルモンを分泌させ、脳を叩き起こします。
「今は緊急事態だ、寝ている場合ではない!」と体に言い聞かせているようなものです。
この働きのおかげで、深夜3時や4時でも集中して医療行為や監視業務を行えるのです。
この状態は、目的(仕事)のために一時的に作り出された「機能的な覚醒」です。
本来であれば、仕事が終わり、安心できる空間に戻れば、副交感神経(リラックスの神経)が優位になり、自然とスイッチが切れるはずなのです。
②「スイッチが壊れる」ということ
問題なのは、この「仕事用の覚醒」が帰宅後も解除されないケースです。
これがハイパービジランスに近い状態です。
正常な反応であれば、
- 仕事中:交感神経ON(戦うモード)
- 帰宅後:副交感神経ON(休むモード)という切り替えが行われます。
しかし、夜勤明けでハイパービジランス状態になっている人は、帰宅後も交感神経がONのまま(暴走)となってしまっています。
車で例えるなら、高速道路を時速100kmで走った後、ガレージに入れてエンジンを切ろうとしても、エンジンが唸りを上げて止まらない状態です。
この「ブレーキが効かない感覚」こそが、夜勤特有の過覚醒の正体であり、非常に苦しい部分です。
③一過性の覚醒と慢性的な過覚醒
夜勤明けの初日に「妙にテンションが高くて眠れない(いわゆる『夜勤ハイ』)」になることは、多くの人が経験します。
これは一時的なホルモンバランスの乱れであり、数日たって通常のリズムに戻れば大きな問題ではありません。
しかし、これが慢性化し、「夜勤の日も、休みの日も、常に神経が高ぶっている」状態になると要注意です。
本来、夜勤の覚醒は「選択的」に行うべきものですが、ハイパービジランスは「強制的」かつ「持続的」なものです。
「仕事中はミスをしないように気を張っているから仕方ない」と思っているその緊張感が、24時間365日続くようになってしまったら、それはもう仕事の適応ではなく、身体からのSOSサインなのです。
3. 夜勤が続くとなぜ過覚醒に近い状態になりやすいのか


では、なぜ夜勤を続けると、このような厄介な状態に陥りやすいのでしょうか。
そこには、精神論では片付けられない、明確な生理学的メカニズムが存在します。
①自律神経のバランス崩壊と交感神経の暴走
最大の要因は自律神経の乱れです。自律神経には、活動時に働く「交感神経」と、休息時に働く「副交感神経」があります。
通常、夜間は副交感神経が優位になり、体温や血圧が下がって休息モードに入ります。
しかし、夜勤では真逆のことを行います。夜間に強い照明を浴び、動き回ることで、無理やり交感神経を刺激し続けます。
これを長期間繰り返すと、自律神経のスイッチがうまく機能しなくなり、「交感神経が常に優位」という設定で固定されてしまいます。
交感神経が優位な状態とは、すなわち「敵と戦う状態」です。
心拍数は上がり、瞳孔は開き、音や光に敏感になります。これが、夜勤がハイパービジランス(過度な警戒)を引き起こす直接的な原因です。
②コルチゾール分泌リズムの逆転
次に注目すべきは「コルチゾール」というホルモンです。これは別名「ストレスホルモン」とも呼ばれ、ストレスに対抗する体を作る役割があります。
健康な人の場合、コルチゾールは朝の起床直後に最大になり、夜にかけて徐々に低下します。
これによって、朝はスッキリ起きられ、夜は自然に眠くなります。
しかし、夜勤従事者の場合、このリズムが平坦になったり、夜間にピークが来てしまったりすることが研究で分かっています。
寝ようとしている時間帯(夜勤明けの朝〜昼)に、体内で「さあ、戦うぞ!」というホルモンが大量に分泌されているのです。
これでは、どんなに遮光カーテンを閉めても、脳の奥底が覚醒してしまうのは当然です。
③脳の疲労による「情報のフィルタリング機能」の低下
最後に、意外と知られていないのが脳のフィルタリング機能の低下です。
私たちの脳は、通常、時計の音や遠くの話し声など、不要な情報を無意識にカットしています。
しかし、慢性的な睡眠不足やリズムの乱れによって脳の前頭葉が疲労すると、このフィルター機能がうまく働かなくなります。
その結果、普段なら気にならない些細な刺激が、ダイレクトに脳に入ってくるようになります。
「小さな物音が爆音に聞こえる」「肌に触れるシーツの感覚が気になる」。
これらは疲れた脳が情報を遮断できなくなっているために起こる現象です。
情報の洪水に溺れそうになっている脳は、自己防衛のためにさらに警戒レベルを引き上げ、結果としてハイパービジランスの状態を悪化させるという悪循環に陥るのです。
おわりに
夜勤での「過覚醒」は決してあなたの弱さではなく、体と脳が環境に適応しようとする結果です。
本記事で紹介した仕組みや対策を参考に、まずは自分を責めずに小さな工夫から始めてください。
改善が難しいと感じたら、専門家や職場と相談することも大切です。あなたの休息と安全が最優先です。







